近時の医学、医療の進歩は目覚ましい。分子生物学、遺伝子解析法の進歩などによる病因、病態の分子レベル、遺伝子レベルでの解明、コンピューターの進歩による画像診断技術の進歩、新しい素材・機材の進歩、新薬の開発などには目を見張るものがあり、人々はその恩恵に浴している。
しかし、反面では「医の心」、「医の倫理」が問題にされ、患者の人権や生命の尊厳を尊重した「患者中心の医療」、「患者の長命」と同時に、患者の「生活の質(QOL)」を重視した医療が求められている。医療については「医は仁術」という一言では、社会が納得しないのが現状である。
「医は仁ならざるの術、務めて仁をなさんと欲す」という警句が明治初期の名医・大江雲沢の著書にあることが、大分県中津市の川嶌眞人先生らの調査によって明らかにされている。
大江家は代々続く中津藩医で、雲沢(1822〜99)も医師を志し、1841年、華岡青洲が開いた華岡医塾大坂分塾に入門し、 |
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青洲の弟・華岡良平から医学を学んでいる。その後、中津に帰郷して藩医となった。卓越した医療技術の知識は勿論、雲澤の人柄を慕って、多くの患者や弟子入り希望者が押し寄せたといわれている。明治4年には、中津医学校の初代校長になっている。
川嶌先生らは、残されていた雲沢の著作「傲瘡経験方付録」に「医則」と題する漢文四条があり、その第一条に「医は仁ならざるの術、務めて仁をなさんと欲す」と書かれていることを明らかにした。
「医療は無条件に善なのではなく、医者次第で善にも悪にもなるから、医師は常に謙虚に患者のために尽くすべきである」という意味で、雲沢は常にこの言葉で弟子を戒めたという。
スモン、薬害エイズ、オウム事件など、一部の医師のモラルの欠如が人を苦しめ、また殺す場合さえある。
「人間の幸福」、「生命の尊厳」、「生活の質」、「医の倫理」を、謙虚にじっくり考える必要性を痛感している。 |